■目次
■人物紹介
<王党派>
ルイ16世
好色家な先祖を持つのに生真面目なオタク王。国民思いで理想的な国王を目指すも優柔不断な所が災いして自らへの不幸を招いてしまう。非道な王であれば最初に反乱分子を抹殺できていたはずだが、国民を傷つけないようにという命令をしたり、農奴制の廃止なども行なった。ギロチンの開発時に歯を斜めにすれば死刑囚の苦しみを減らせるなど理系的なアドバイスも行なった。しかし自分がギロチンで死ぬことになる。
マリー・アントワネット
(特に日本で)大人気の歴史的ヒロイン、元敵国のオーストリア・ハプスブルク家から嫁いできたお姫様。盛り盛りの髪型を流行らせるなどファッションリーダーになっていたが、貧困化する国民から浪費家だと嫌われていく。宮廷は自分のお気に入りの貴族だけで固めたので、ハブられた貴族からも嫌われた。子供が産まれてからは、子煩悩の良き母親になっていったが、人気は回復しなかった。革命開始後は宮廷内で反革命勢力を形成し、実家のオーストリアを頼ろうとしたが、ヴァレンヌ逃亡事件でも、「ワインをもっと積みたい」だの「もっと豪華な馬車が良い」だの、のほほんとしていたため、簡単に捕らえられて処刑されてしまう。
フェルセン伯爵
王妃の愛人。ヴァレンヌ逃亡事件に協力する。ベルばらは「フェル”ゼ”ン」だが、実際は「フェル”セ”ン」。スウェーデン貴族でフランス留学時に王妃と出会う。フランス革命では無事だったが、帰国後はフランス革命のトラウマから、スウェーデンの民衆を嫌い、民衆からも嫌われ虐殺される。遺体は裸にされ排水溝の中に投げ捨てられた。
マリー・テレーズ
コメントブルボン家の父とハプスブルク家の母を持つ、最強の家柄の良いお姫様のはずだったが、革命で家族を失う。母の実家のオーストリアに救われて家族で唯一生き残り、叔父のアルトワ伯の長男(従兄弟)と結婚し、皇太子妃としてフランスに舞い戻る。
ルイ・シャルル
王太子であったが、革命で全てを失った。父母処刑後は後見人に虐待をされ酷い状態で死んでしまう。かわいそう。Wikipediaで彼の最期を見るとトラウマになる人が大勢いる。
エリザベート
ルイ16世の妹。他国に嫁いで革命から逃げることもできたのに、兄家族と一緒にいたいと残る心優しいお姫様。アントワネットとも仲良しで、処刑目前まで文通をしていた。
プロヴァンス伯爵
ルイ16世の弟、革命時には亡命に成功。ナポレオン退位後にルイ18世となる。
アルトワ伯爵
ルイ16世と18世の弟、革命時には亡命に成功、後のシャルル10世
デュバリー夫人
娼婦上りの先王ルイ15世の公式寵姫。実際は朗らかで良い人だったので、みんなから慕われていたが、マリーアントワネットが嫁いできた時に、娼婦上りということから一方的に嫌われて無視される。ルイ15世崩御の際に、アントワネットから宮廷を追放されるが、革命が起きても王党派として味方をする。一度イギリスへ亡命に成功するが、フランスに置いてきた財産が気になり帰国、革命軍に捕まり処刑される。
ポリニャック伯夫人
王妃のお気に入りでもはや寵姫。ランバル公妃から親友の座を奪い、王妃からたくさん貢いでもらう。散々良い思いをしたが、革命が始まると一目散に亡命した冷たい人として語り継がれている。革命は生き延びるが、その後若くして病死。
ランバル公妃
王妃のお気に入り女官。ポリニャック泊夫人の登場により、王妃の親友の立場を奪われる。良い人だが真面目すぎるので、王妃に飽きられてしまった。干されたが恨まず、革命が起きてもずっとそばにいた。それが起因して市民に虐殺される。
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オルレアン公
ルイ16世の従兄弟で王位を狙っている。王妃の悪い噂を流したり、色々悪事を働く。王族なのに革命派。自分も革命で処刑されることになる。
□ジャコバン派
フランス革命期の急進的な政治党派閥。中下層の市民から指示された。ロベスピエールを指導者としてジロンド派と対立し、その後独裁体制の恐怖政治を行う。1794年のテルミドールの戦いで崩壊。
マクシミリアン・ロベスピエール
ジャコバン派指導者。ジロンド派を排斥し、国王・王妃などの王族のギロチン処刑を行い、封建的な特権を完全廃止する。その後独裁者となり、恐怖政治を行うも、自身もギロチンで処刑されることになる。
ルイ・アントワーヌ・ド・サン=ジュスト
ロベスピエールの右腕
□ジロンド派
共和制を主張した党派閥。立法議会で一時権力を握り、対外戦争を主導。富裕な資本家層から支持された。ジャコバン派とは激しく対立
ジャック・ピエール・ブリッソー
ジロンド派の指導者。新聞記者時代に当時投獄されていたオルレアン公と親密になる。対オーストリア開戦論を主張し、山岳派と対立。93年のジロンド派追放により処刑。
ジャン・マリ・ド・ロラン
ルイ16世政府の内務大臣。ジロンド派の妻に強く影響されていた。
ロラン夫人
並外れた知性と教養を持っていたが、平民出身で貴族に受け入れられず、共和主義者となった。ジロンド派の黒幕的存在であったが、対立するジャコバン派に捕らえられ、失意の中処刑される。
シャルロット・コルデー
暗殺の天使。
□ジャコバン(山岳派):マラー
医者
<その他>
ナポレオン・ボナパルト
いきなり現れた最強の軍人。恐怖政治をするロベスピエールにクーデターを起こし、帝政を敷く。
シャルル・アンリ・サンソン
処刑を生業とする家門。デュバリー夫人の元彼、国王と一緒にギロチンを開発したりと親しかった。
■年表
1789年5月 ベルサイユで三部会が開かれる
1789年6月 テニスコートの誓い
1789年7月 財務総監・ネッケル解任
バスティーユ監獄襲撃
ネッケル復職
1789年8月 立憲議会、「封建廃止」を決議
議会で「人権宣言」
1789年10月 パリジェンヌによるベルサイユ行進
国王一家パリへ移送、チュイルリー宮殿へ
1789年11月 ジャコバンクラブ創設
1790年秋 農民放棄激化
1791年4月 ミラボー死
1791年6月 バレンヌ事件
1791年8月 ピルニッツ宣言(オーストリアとプロイセンによる革命干渉)
1791年9月 立憲議会解放→立法議会解放
1792年3月 ジロンド派内閣成立
1792年8月 チュイルリー宮殿攻撃
1792年9月 国民公会成立→王政廃止
ランバル公妃私刑
1793年1月 ルイ16世処刑
1793年6月 国民公会、ジロンド派29名を逮捕→ジロンド派没落
1793年7月 マラー暗殺→シャルロット・コルデー処刑
1793年10月 マリーアントワネットの裁判→処刑
ジロンド派処刑
恐怖政治体制完成
1793年11月 オルレアン公処刑
ロラン夫人処刑
1793年12月 デュバリー夫人処刑
1794年3月 エベール派処刑
1794年5月 王女エリザベート処刑
1794年7月 テルミドールのクーデター(ロベスピエールやサンジュストの批難決議)
1795年10月 国民公会解散→総裁政府成立
1796年5月 バブーフの陰謀事件→逮捕
1797年9月 フリュクチドール18日のクーデター(対王党派)
1798年5月 フロレアル22日のクーデター(対ジャコバン派)
1799年6月 議会によるクーデター
1799年9月 ナポレオン帰国
■参考資料(ドラマ)
■ベルサイユのばら(漫画)
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歴史関係なく面白い。歴史関係あっても面白い。
■マリーアントワネット(2006年 映画)
とにかくオシャレで可愛い見た目が良い映画
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